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個別記事の管理2008-06-13 (Fri)
淀城をご紹介した際に「戊辰戦争」について少し触れましたが
淀には戊辰戦争関連の場所が多くあります。
辿っていくと東軍戦死者の慰霊碑がほとんどで、旧幕府軍と
官軍の戦いの激しさや、両軍の兵力差がうかがえます。


【妙教寺】

戊辰戦争時のおもかげを残す史跡が少ない中、唯一当時の様子を
垣間見られる場所です。旧幕府軍は淀城に移る前はここに布陣したそうですが
官軍に攻められて、大量の銃弾を撃ち込まれました。
現在も本堂に銃痕は残ってるとのことですが、非公開みたいです。


境内の二箇所に碑が建っていて、うち1つの碑の文字は
あの榎本武揚が書いたものだとか!
お墓っぽい感じだったので写真は撮ってないですが・・・・


【八番楳木戦場跡】

京都競馬場の駐車場横にひっそりと佇む慰霊碑。
この辺りは「千両松」と呼ばれ、激戦が繰り広げられた場所です。
淀には新選組の歴史を追ってきたのですが、ここで新選組は
六番隊組長・井上源三郎を含む20名以上の隊士が戦死、
監察方の山崎烝も重傷を負い、後に死亡しました。

彼らの無念が残っているのか、この場所には新選組隊士の
幽霊が出ると言われています。
ここには現在の慰霊碑が建つ前にも戦死者の慰霊碑があった
そうなのですが、競馬場の工事で碑を移動させてからというもの
事故が続出して、新選組隊士の幽霊が「もとの場所に戻せ」と
毎晩のように工事関係者のもとに現れたという話です。
慰霊碑を建て直してからは幽霊騒動はなくなったそうですが・・・・
今でもお花が供えられてるあたり、単なる噂ではないんだろうな(´A`;)


【鳥羽伏見戦跡地碑】

歩道の真ん中にポツンと建つ慰霊碑。
見た目的にはお墓ですが、建立が昭和47年なので
たぶん埋骨地ではないのでしょう。
八番楳木戦場跡の慰霊碑の建立年(昭和45年)と近い年に
建てられているので、幽霊騒動に関連した場所なのかもしれません。


【長円寺】

戊辰戦争の東軍戦死者が埋葬されているお寺です。
門前(写真左側)に「戊辰役東軍戦死者之碑」があり
境内には「戊辰役東軍戦死者埋骨地之碑」が建っています。



【東運寺(左上)】
長円寺の隣にあり、こちらも東軍戦死者埋骨地。
墓地のほうに慰霊碑(お墓?)が建っていました。

【文相寺(右上)・大専寺(左下)】
同じく東軍戦死者埋骨地。
門が閉まってたので自由に出入りはできない感じでしょうか?

【光明寺跡(右下)】
お寺は残っていませんが、軍戦死者埋骨地碑は現在も
地蔵堂の脇にひっそりと残っています。
木の枝に埋もれて少し寂しい印象を受ける場所でした。


私は行ってないのですが、他にも愛宕茶屋埋骨地、
納所会館前の戦場跡碑などがあります。
結構広範囲に散らばっているので、結構な運動になるかもしれません。


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* by にぽぽ
さくゆずきさん、はじめまして にぽぽと申します。
にぽぽも戊辰戦争の址とたずねて、淀川をずーっと歩いたのですが、歩ききれなかったところを、さくゆずきさんに見せていただきました!次回京都に行ったときには、千両松から淀を歩きたいと思いました。ありがとう!!

* by ゆずき
Re → にぽぽ様

コメントありがとうございました!
淀って観光するにはマイナーで、しかも戊辰戦争なんてネタ的にマニアック
だし、これは最後まで読んで下さる方がいれば上等!っていう気持ちで
いたので、本当に嬉しいですvv
私は門が閉まっちゃってるところには入っていけなかったんですけど(←小心者;)
きっとどこのお寺とも参拝は可能だと思うので、是非、淀-千両松の戊辰戦跡を
制覇しちゃって下さい!

コメント







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