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個別記事の管理2008-10-31 (Fri)
【時代】 794年(平安時代)
【祭神】 早良親王、井上内親王、他戸親王、橘逸勢、文屋宮田麿、
      吉備真備、菅原道真、藤原吉子
【URL】 http://goryou.area-kyoto.net/



上御霊神社と言えば神様がたくさん祀られていて、京の魔界として
注目されることもしばしばの神社です。



神様として祀られてるのは計8名で八所御霊と呼ばれます。
教科書にも出てくるような歴史上の人物ばかりで、皇族まで含まれてますが
なんでまた彼らが祀られた神社が「魔界」なのでしょう?



その理由は八所御霊が全員無念のうちに死んでるということ!
そもそも御霊神=元怨霊の神様ですしね。
特に早良親王の怨霊伝説は、京都じゃ知る人ぞ知るところでしょう。

 藤原種継を暗殺した容疑で島流しに遭い、断食にて無実をアピールするも
 移送中に絶命。その後、桓武天皇の周辺の人々や長岡京に早良親王の
 怨念のせいか次々と不幸がふりかかった。
 ビビった桓武天皇は、かの有名な「鳴くよ(794)ウグイス平安京」に都を移し
 怨霊を鎮めるために御霊神社を建て、早良親王を御霊神として祀った


これが上御霊神社の始まりですが、他にも怨霊化しそうな人物が出るたびに
御霊神として祀っていったもんだから、結果的に神様がいっぱいになって
しまったようで・・・・
この話を聞いて、なんとなく「怨霊の掃き溜め」という印象を受けるのは私だけ?


こちらはなんだか可愛らしい感じがする清明心の像。
中国の故事にちなんだ像のようです。

 北宋時代の学者司馬温公が、子どもの頃に水がいっぱい入った甕の周りで
 遊んでいたところ、一人の子どもがマヌケにも甕の中に落っこちてしまう。
 子ども達は慌てふためいたが、司馬温公は石で甕を割って助けた。


清明心の像は「命は物質より尊い」という教えを表しているとのこと。
高そうな甕なので私なら割るのはちょっとためらうかも(コラ)



★写真左上
 境内には松尾芭蕉の句碑がありました。
 芭蕉に何か関係がある場所なんでしょうかね?
★写真下段
 門前名物は唐板煎餅(680円)。
 ただの煎餅とあなどるなかれ!疫病除けのご利益があるとして
 明治維新まで皇室では男の子が生まれたら、必ずこの唐板を買ったという
 由緒ある煎餅なのですヨ。



実は上御霊神社がある場所は応仁の乱勃発地でもあります。
現在は閑静な場所なので、ここから京都を焼き尽くす戦争が
始まったなんて想像できません(・ω・;)


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