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個別記事の管理2010-09-25 (Sat)
【宗 派】 浄土宗
【山 号】 家隆山
【本 尊】 阿弥陀如来像
【開 基】 弘法大師
【時 代】 819年(平安時代)

【釘抜地蔵の歴史】
 ★819年、弘法大師が地蔵堂を建立。
 ★地蔵堂のお地蔵様は弘法大師の手作り。
  仏教を勉強しにいった弘法大師が、唐から持ち帰った石に
  お地蔵様を彫った。
 ★もともと真言宗だが、重源が浄土宗に改める。




釘抜地蔵の名で親しまれていますが、お寺の正式名称は
「光明遍照院石像寺」と言います。
歌人藤原定家の邸宅跡とも言われ、境内には墓らしきものも残っているそうです。


地蔵堂に祀られる釘抜地蔵は、もともと苦抜地蔵(くぬきじぞう)と呼ばれていて、
病気などの諸々の苦しみから人々を救うと信じられています。

 紀の国屋道林という人が両手の痛みに悩まされ続け
 苦抜地蔵を参拝したところ、夢にお地蔵様が現れて
 両手に刺さった恨みの釘を抜いてくれて、痛みが消えた


・・・・という伝説から、室町時代以降は苦抜き→釘抜となっていったようです。
詳しい内容は記事の最後に特記しておきますね。


地蔵堂には、2本の釘と釘抜きがついた絵馬が
壁一面に貼り付けられています。
これはお願い事をするための絵馬ではなく、御礼に納める絵馬だそうです。
しかしまあ1枚15000円ってすごい高い絵馬だなぁ・・・・(´Д`;)
でも、これだけの人が釘抜地蔵のご利益を得られたという証拠ですよね!



釘抜地蔵の伝説
  室町時代、紀の国屋道林という人がいました。
  道林は40歳の頃から両手の激痛に悩まされ続け、いろいろな
  医者に診てもらうのですが、その原因はわからぬまま・・・・
  道林はワラにもすがる思いで苦抜地蔵にお参りします。
  すると、参拝してから7日目の夜、お地蔵様が夢に現れてこう言いました。

  「お前の手の痛みは病気ではない。
   お前は前世で人形の両手に8寸の釘を打ち込んで人を呪った。
   その罪によって呪いがはねかえり、今お前の両手に恨みの釘が刺さっている。
   私がその釘を抜いてあげましょう。」


  目が覚めると手の痛みは消えていました。
  道林が慌てて苦抜地蔵のもとへ行ってみると、苦抜地蔵の前には
  血に染まった真っ赤な2本の釘がありました。
  道林は深く感謝して、その日から100日間、毎日苦抜地蔵にお参りしたそうです。




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