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個別記事の管理2011-03-02 (Wed)
 【宗 派】 天台宗 
 【本 尊】 大日如来
 【創 建】 1595年
       
 【豊国神社の歴史】
  ★1599年(慶長4年)、豊臣秀吉の死後に豊国社が造営される。
  ★が、豊臣家が滅亡!
   徳川幕府の時代になると社号も廃止になり、そのうち荒れ果ててしまう
  ★明治時代になると、明治政府によって豊国社の再興開始
   新日吉神宮の神楽殿を仮本殿にしてようやく再興
   1873年(明治6年)、豊国神社になる
  ★1880年(明治13年)、現在地に移る





このお寺、今でこそ小さくひっそりとしていますが、
その昔は豊臣秀吉が19mの大仏を建立した、おったまげた規模のお寺でした!!
東大寺の大仏が台座と座高を合わせて18mちょっとぐらいなので、
それよりデカイってことですよね?!
大仏殿に到っては高さ50mにもなったとか・・・・
しかーしっ
残念ながら大仏殿完成の翌年


地震でペシャンと倒壊Σ( ̄□ ̄;)



そんな漫画的悲劇に見舞われつつも
秀吉の息子・秀頼によって大仏殿の再建が始まります。
同時に大鐘も鋳造したのですが・・・・


それがまた悲劇の始まりだったんです(ノωT)


トラブルの種は鐘に刻まれた銘文
 「国家安康・君臣豊楽」
これが徳川家康の目に触れ怒りを買ってしまいます。
何が家康を怒らせたのかと言うと


・君臣豊


「『家康』の文字が切り離されてるのに『豊臣』の文字はひっついとるやんけ!!!
 どーゆー了見じゃゴルァーーッ!!!(ノ`Д´)ノ
 わしの名前切り離して呪いかけたんやろ?!上等やんけ!!!」


ということで、現在なら「しょうもない因縁つけやがって」で事は済むかと思いますが
そのしょうもない因縁が大阪夏の陣・冬の陣の火蓋を切ってしまい
豊臣家は滅ぼされてしまうんですから、怖いですね~戦国時代!
何がきっかけで家が滅ぶかわかりやしない・・・・



これがその部分。白く囲まれているのですぐに見つけられると思います。


しかも悲劇はまだまだつづく


豊臣家滅亡後も、大仏殿は何回も何回も再建されますが、
その結果はと言うと・・・・

 1596年、地震で倒壊
 1602年、造ってる途中に放火で焼失
 1662年、地震で倒壊
 1798年、雷が落ちて消失
 1973年、火事で消失


なんかもうこの寺、大仏にご縁が無いんじゃね?って感じです( ̄▽ ̄;)
次の再建はいつになることやら・・・・・



このデッカイ石をズラリと並べた石塁は、秀吉が諸国の大名に寄進させたもの。
どれだけの権力があったのかが覗えます。
大仏殿の跡は公園になっており、2000年には発掘調査が行われたそうです。


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